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Thursday, 28 December 2006

上海撮影記(第三日)

Daisekai_2w
さて、12 月 10 日、、、撮影行の最終日です。昨日までのどんよりした天候とは打って変わって快晴の空。この日は、旧フランス租界を撮影しようと決めてましたから天気も味方してくれたのかもしれません。上海の旧フランス租界に関しては、にむらじゅんこ著「フレンチ上海」(東洋のパリを訪ねる)(平凡社)(ISBN4-582-63423-0) に詳しいのですが、要するに 1840-42 年の阿片戦争に敗れた清国は当時の列強諸国と不平等条約を結び、続く南京条約及び 1844 年の黄浦条約によってフランスが土地の租借権益を得、1849 ~ 1943 年の百年余りの間、フランス租界が成立しました。その間にフランスは街路樹としてプラタナスを植え、病院、学校を整備し、そして重要なのはフランスの文化と暮らしを持ち込んだ所にあると、、。思うに、筆者の経験から英国は英国連邦の名の下、旧英国植民地(租借地)である、香港、フィジー、豪州等々に司法、行政といった社会システムを持ち込み、ある意味でその植民地(租借地)を如何に効率よく支配しそしてその植民地(租借地)から搾取するかと考えていたように見えるのに対して、フランスは例えばニューカレドニアには、その文化を持ち込み現地文化と合わさった独特の文化(クレオール文化)を醸成させた、、と言うと大袈裟ですが、実際フランスの旧植民地の食事は英国のそれとは違って、とても美味かったりするのであります。さて、この広大な旧フランス租界は、既に時を経て、実際はそれほど「フランス的」では無いのですが残された建物にその片鱗を伺い知る事ができます。ルートは、和平飯店の近くの河南中路駅(今回行って気づいたのですが駅の呼称が変わっている様です。)から地下鉄 2 号線に乗り西に向かいます、次の人民広場駅で地下鉄 1 号線に乗り換えて、更に西の衝山路で降りるとそこはもう旧フランス租界の真っ只中。淮海中路を辿って、東に東に歩いて行くのです、、、。画像は西蔵南路にある大世界(Le Grand Monde) 1917 年竣工、言わば娯楽の殿堂だった建物で、主な客は中国人だったとの事。(現在は閉館中)

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