日常
あまり慣れるというのは如何なものかと思うが、人間の生死を含めてその死というものに対して耐性がついてきたのかもしれない。正確には、毎回大きなショックを受けているのだろうがそれをどう受け止め、どう受け流し、未消化の部分を如何に処理するかという心の内的プロセスに長けてきたのだろうか?が、正直言うと、自身の年齢が既に折り返し地点を越えているので、あまり執着が無くなったというのが本音かもしれない。
受け流し方には色々あるのだろうが、日常に戻るという感覚を大事にしている。画像は、みの吉を夕方火葬に連れて行く前に、近所のスーパーで供える花を買った時のもの。このクリーニング屋さんは、正月2日、休みであった。ただそれだけの事、但し、そういう見逃してしまいそうな日常こそが日々歴史を織りなしているのであって、決して偉大な人々のその偉業のみで世の中が成立しているのではない、、、当たり前か!?
(DMC-GM5, G 20mm/f1.7 ASPH., Capture One 10 PRO, PS CC 2017)
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