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Monday, 13 March 2017

平河町 ii

_1020887_1020888麹町中学校の並び、永田町駅側の古い民家。屋根が傾いでいるから廃屋なのだろう。平河町の一戸建て住居はもう殆ど存在しなくなっているのだろうか?容積率を上げ、オフスビルや集合住宅を建てる事は悪いとは言わないが、元々住んでいた方々が居たたまれないような気分で日々狭くなっていく空を見上げておられるというのも何とも言い難い心境である。東京は変化・変遷を運命づけられた街というのは分かるが、人が存在しての街なのだから。永田町の駅もご覧の通り、ピカピカに。確かに新しいビルが建ち、新たに設けられた駅は最新型なのだが、例えば渋谷駅の地下。どう考えても古くからの壁にパネルを造作しただけのように見える。そのパネルの向こう側で、古い壁そして多くのインフラが時を刻んでいるのだ。
(DMC-GM5, G 20mm/f1.7 ASPH., Capture One 10 PRO, PS CC 2017)

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Comments

えーと、この都道府県会館前の地下鉄の出入り口は、おそらく都道府県会館の建物と同時に作られたものらしく、1999年にはこの姿だったようです^^;;私自身は半蔵門に仕事先ができて、2003年ごろから始終使うようになりました.

思えばこの間に赤プリ以外に、麹町中学も建て替えとなりましたし、JA共済ビルも高層化、新宿通り沿いも済んだばかりのと進行中の再開発が.roaring and rollingでありますねえ.

Posted by: Toru | Monday, 13 March 2017 at 09:39

Toru さん、コメント、情報有り難うございます。

アタシが、この界隈に居たのは 1993 年くらいまででしたから、、、(遠い目)。都市センターホール、麹町会館、、、この辺りも建て替わってますから、昔の面影はあまりないですネ。どんどん新しくキレイになるんだなぁ。

Posted by: 野本 巖 | Monday, 13 March 2017 at 10:01

平河町から国会議事堂へ続く途中の永田町交差点辺りの様変わりには、6年程前に私用で訪れた際とても驚きました。永田町、紀尾井町、平河町、永田町に戻って後には隼町、暫くしてまたまた永田町、最期は麹町、、行けと言われた所に身を置いては、当時CMで流行っていた「24時間戦えますか?」に追い立てられるように、アフター5のセカンドシフトを抱えてからも夢中に過ごしていた時代の記憶が蘇って来たものです。多い時では3社の名刺を使い分けられず、名刺交換の席で赤面する思いに至った事までも、、あはは(^^;;

新しいパネルの向こうに尚も時が刻まれる、、橘嘉智子(檀林皇后)の帷子辻(かたびらがつじ)が連想されて来ました。

Posted by: 杠葉 | Monday, 13 March 2017 at 11:20

杠葉さん、

あの頃は、引っ越しもどしどしやってましたからね。白眉は、紀尾井町ビルのワンフロアーでしたね。今の原監督のステーキハウスとか篠塚選手のバーとかあって、毎晩飲んだくれてましたから。アタシは、隼町は知らないのですが、その後新富町とかも行きました。。。1995 年末に自分の会社に移ったのですが、以降、豊川稲荷のところの小路を入ったところとか移ってましたネ。

忙しいばかりで、大荒れの海を手漕ぎボートで進むかの如き経験でしたが、今考えると毎日が映画みたいでとても楽しかったです。

London のハルキン・ホテルとかの時代もご存知ですよね!

Posted by: 野本 巖 | Monday, 13 March 2017 at 15:58

ははは、、映画みたい、、とは、確かに。野本さんは、特にそうだったでしょうね。私はホンワカ呑気者で状況に疎くて、当時は自身や周囲に起きている事にハラハラ、ドキドキするばかり、、って感じだったでしょうか(^^)

紀尾井町のビルから一望できた都心は圧巻でしたね。一度、イタズラ心がむくむく起きて、夜間警備の方の目を掻い潜り、オフィスに泊まって早朝の都心を、、ハンドソープで洗った顔が肌荒れし罪状がバレて、、永田町の上司達や同僚らからうつけ者と笑されてしまいました、、f^_^;(そんな事ばかり、よく覚えてる、、)

戻ってからは業種替えを仰せつかり、カルキン・ホテルは存知上げず、、私用でシドニーのホテルを利用した以外は残念ながら、専ら内勤留守役ばかりで、、参画させて頂いた中で、ボラボラ島の水上コテージは行ってみたかったなぁ、、

Posted by: 杠葉 | Monday, 13 March 2017 at 19:11

杠葉さん、コメント有り難うございます。

紀尾井町からの夕景、曇りの光景は絶品だったと思いますが、あの頃は忙しくて写真を撮る事もなく、、、まぁ、そんなもんですね。

ボラボラ島他のタヒチ・ホテル群の買収を S 永君と一緒に遣りましたが、当時は現地には行かず、行ったのは後の事。都合 3 回、お世話になりました。ボラボラ島の水上コテージ群は、一旦高潮の影響で壊滅。その後、新しい施設になり、また環礁の方にも別のホテルがオープンしてますし、当時と違ってオペレーションもインターコンチネンタル系になっています。

確かに、また色々、、、あっちこっち、、、行きたいですね。

Posted by: 野本 巖 | Tuesday, 14 March 2017 at 10:23

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