Sun | Mon | Tue | Wed | Thu | Fri | Sat |
---|---|---|---|---|---|---|
1 | 2 | 3 | 4 | 5 | ||
6 | 7 | 8 | 9 | 10 | 11 | 12 |
13 | 14 | 15 | 16 | 17 | 18 | 19 |
20 | 21 | 22 | 23 | 24 | 25 | 26 |
27 | 28 | 29 | 30 | 31 |
Links
- Osaka-Shiga-Kyoto Spring 2011(DMC-GF1)
- Osaka-Shiga-Kyoto Spring 2011(DMR)
- Kyoto 2010 Autumn
- Hong Kong 2009 Autumn
- Kyoto 2009 Autumn
- Hong Kong 2009 Summer
- Summer 2009 (Lotus Flower)
- Hong Kong 2009 Spring
- Nara 2009 Spring
- Kyoto 2008 Autumn
- Singapore 2008
- Seattle 2008
- Portland 2008 DMR
- Portland - Seattle 2008
- Kyoto 2008 Spring
- SAKURA 2008
- Kanda-Ueno 2008
- Izu Atagawa 2007
- Hong Kong 2007 Winter
- Kyoto 2007 Autumn
Recent Comments
- ム on 生存確認
- 野本 巌 on Singapore (iii) 帰国
- ム on Singapore (iii) 帰国
- 野本 巌 on Singapore (ii)
- ム on Singapore (ii)
- 野本 巌 on 幸手 (i)
- ム on 幸手 (i)
- 野本 巌 on 台風前
- 野本 巌 on 台風一過
- ム on 台風一過
Mobile URL
-天気予報コム-
Comments
フロンターレがこんなに強かったとは知らなかったです
Posted by: ム | Sunday, 07 November 2021 11:50
ム さん、コメント有難うございます。
聞けば昨年も優勝していた、、、との事。
天皇杯も取って完全優勝を目指して欲しいですネ!
Posted by: 野本 巌 | Sunday, 07 November 2021 18:33
小学生時代、健康優良児の候補にされた私は体育の授業では何かと競わされ、サッカー少年2人と懇意となり、、中学は彼らと離れて国立中に進学、入学早々に懇意となった理科教諭の勧めで剣道を始めたものの、翌年にはバレーボール部に、、球技仲間で知り得たある友人は、45年前の日本では珍しく紅一点でサッカーに傾倒、その後、彼女は謀らずも私と同じ高校へ進み、其々は全く異なる道を歩みましたが、同じ体育教師から薫陶を受けていた事を卒業後30年余りを経て知りました。
高校時代、入学前から目を付けていたという私に「統率の意義」を学ぶ経験をさせてくれた恩師は、県内トップ校ながら偏差値偏向を許さず、個性・自由・和を尊重する校風を作り上げた功績で何度も言い渡される校長昇進を固辞し、サッカー部顧問と生活指導担当として一介の教師で居る事に拘り続けました。定年後、恩師は日の丸を背負った事の無い唯一の異色としてJリーグとなでしこに赴きコミッショナーとアセッサーを10年務め、J3起動時の労を重ねた後、70歳で引退しました。現在は、地元のユース(高校生)とアカデミー(大学生)で選手や審判を育成、その傍らボランティアの待遇改善にも尽力、古希を過ぎても精力的に改革を進める姿を目にし、還暦を目前に控える今の私には「生涯の師」とさえ仰ぐ次第です。
チェアマン代理で公式試合の見届け人としての責務を負うコミッショナー、、その職責を果たす一環で恩師が開発した「100項目リスト」の存在は、彼個人のサッカーに対する愛情と信念を物語っています。恩師から聞き齧った処によると、試合前の数時間をかけて行われる確認事項は実に詳細で多岐に渡っている様子、会場の安全性と試合の公平性の為にかなり厳しいチェックがなされているようです。試合中は、選手のプレーのあり方やアセッサーの審判方に目を配りつつ試合運びの全てを筆記、試合後は選手達や審判員達を集めて反省会を行い、試合中に見受けられた問題点や今後の課題について改善や対策の為の指導を行っているそうです。もし、乱闘騒ぎが起ころうものなら、原因究明や和解に向けて関係者全員を説得に回るなどして忙殺され帰郷できなくなるそうです。コミッショナーの職責に敵う能力を有する人材は全国で100人程しかいないらしく、各地からボランティアとして出張して来ているとの事、彼らのような縁の下の力持ちの存在には常に驚かされ、本当に頭が下がります。
恩師の名刺を拝見した際に伺ったのですが、サッカー関連団体の方々の名刺には全て「100年計画」と印刷されているそうな、、向こう1世紀に亘ってサッカー人口を維持増加させるためにその面白さと醍醐味を凡ゆる手段を講じて教え伝えて行くという行動指針を想起させる言葉だそうです。Jリーガー達は、プロとして燦然と輝くスタープレーを魅せる事や戦勝実績を上げる事だけに固執せず、縁ある場所を訪れては人々に触れてサッカーの魅力を伝える事も課されており、選手一人一人のその活動のあり様もリーグ内順位やリーグ間昇降格に影響する評価項目になっているそうです。サッカーに限らず何れの世界でも富貴を目的とするのを否定はしませんが、純粋にスポーツとしてのサッカーの魅力こそ多くの人々に伝わって行って欲しいものです。
縁あって、下の息子は川崎フロンターレのHG「とどろきアリーナ」で、地元サッカーチームと陸上クラブと極真空手Jrアジア大会でお世話になりました。が、私は未だにプロサッカーを観戦した事は無いのです、、あはは。野本さんの観戦はスポンサー枠ですか。いいなぁ、コミッショナーの近くに座れそうですね(^^)
Posted by: 杠葉 | Thursday, 30 December 2021 13:12